[side-S]
突然自分の目の前で起こったことにどうしていいのかわからなくなった。
アスランさんに抱き上げられて運ばれる人をただ黙って見ていることしか出来なかった。
医務室に入るわけにもいかず、ドアの前に突っ立っていたらレイが医務室から出てきた。
「なぁ、レイ。あの人、大丈夫なのか?」
「一応は。詳しくはわからないが、どうやら食事をしてもほとんど嘔吐してしまっていたらしい」
「嘔吐って……」
「もしかしたら、食べ物を受け付けなくなってしまっているのかもしれないな」
レイが医務室から出てきて話を聞いてから、少しの間ずっと医務室の前でうろうろしていた。
レイはどこかへ行ってしまってここには今俺ひとりしかいない。
入るかどうか悩んでいたら、入るタイミングをはずしてしまったらしい。
医務室の中にも入れず、そこから去ることも出来ずという状態のままでいたら、アスランさんが医務室から出てきた。
アスランさんは俺を見るなり「キラが呼んでるから行って来い」と言って俺を無理矢理医務室の中へ放り込んだ。
医務室の中にはベッドヘッドに背を預けたキラさんがいた。
キラさんが手招きしていたので、ベッドの近くにある椅子に座った。
「ごめんね、倒れちゃって。挨拶もまだだったのにね」
「いえ……あの、大丈夫なんですか?」
「うん、たいしたことないから大丈夫。一度治ったんだけど、また最近再発しちゃって」
「え。再発ってことは前にもあったんですか?」
「2年前に、ね。少しは成長して大丈夫なんじゃないかなと思ったんだけど、根本的なものってなかなか変えられないみたい」
なんて穏やかなんだろう。
話しているこっちまで穏やかな気分になってくる。
想像していたフリーダムのパイロットとは全然違う印象だった。
……勝手に自分に都合のいいように想像して、作り上げたフリーダムのパイロットとは別人だった。
「貴方は、どうして自分をそんな風にすり減らしてまで戦えるんですか?」
気になって、つい聞いてしまった。
キラさんは少し考えてからぽつりと言った。
「……決めたから」
「え?」
「自分でやると決めたことだから、途中でやめるなんて出来ないよ。もし途中でやめてたら、絶対後悔してるはず」
「後悔、ですか」
「そう。……もう、後悔なんてしたくないんだよ」
「2年前、『あの時ああしていれば』ってことがたくさんあった。でも、失ってしまったものは後悔したって結局は何も返ってこなかった」
後悔は何も戻してはくれない。
後悔することは悪いことじゃない。だけど、後悔しかできないような人生なんて嫌でしょう?
だから諦めてしまいたくないんだ。諦めない限りまだ出来ることなんて山ほどある。
――可能性は無限に存在しているのだ、と。
そうキラさんは言う。
これも勝手な思い込みだけど、フリーダムのパイロットは奪うばかりの人だと思っていた。
失ったものなんて、俺よりも少ないと思っていた。
俺の味わった悲しみなんてわかるはず無い。そう決め付けていた。
でもこうやって話をすればするほど、それは愚かな間違いだったのだと気付かされる。
よく考えればわかることだ。
キラさんは戦争を体験して、しかも最前線で戦っていた人。
そんな人が失うものが無いなんてありえない。何かしら必ず失っているはずだ。
自分ばかりが悲劇に遭遇していたわけではない。
「体はまだちゃんと動くからね。出来ること、何でもやってみたいんだ」
「まだって……あの」
「そんな顔しないで。大丈夫だって。時間はかかっちゃうかもしれないけど、少しずつ元気になるから」
「……キラさん」
「僕にも、君にも休息が必要なのかもしれないね」
キラさんに頭を撫でられた。
頭を撫でられるのなんて久しぶり過ぎてなんだか照れくさかったけど、すごく嬉しかった。
そして、頬をあたたかいものが流れるの感じた。
あたたかくて心地良い、そんな時間が流れている。
きっとこれはキラさんだからこそ出来ることなんだろうと思う。
キラさんが俺の頬に触れる。
「君と僕がこうして出会ったことにも何か意味があるんだって思いたいな」
「……そう、ですね」
「これからよろしくね、シンくん」
「こちらこそよろしくお願いします、キラさん」
二人がこうして出会えたこと。
この一歩がたくさんの未来の選択肢への道標になるかもしれない。
-end.
後書き。
アスラン、申し訳ないけど微妙なポジションです。レイは今回お休みです。これレイキラお題だったような気がしますが、まぁ気にせずに。
むしろレイキラお題からレイキラ中心お題に変えるべきかな、やっぱり。
シンキラは結局微妙な挨拶だけで終わる、と。
いろいろと名前が同じだけど別人っぽいキャラが出ていますが、気付いたらこんな感じになってしまっていたのでどうしようもないです。
20061021