朝、フェイトの様子がおかしかったからどうかしたのかと思い、声をかけたところからすべては始まった。
「…誰……ですか?」
そう、ぽつりと言うフェイト。
「…何言ってるんだ、お前」
「え…。本当に誰ですか?」
どうやら冗談で言っているわけではないらしい。
「俺のことがわからないんだな?」
「はい」
「そうか」
それだけ言って俺は部屋を出て行こうとした。
これ以上いっしょにいたら、ひどいことを言ってしまいそうだったから、外へ出て少し考えようと思った。
「…ッ!?」
急に髪が引っ張られた。何かと思って後ろを振り向く。
「あ……ご、ごめんなさい」
「……何か、用があるのか?」
普段なら怒るところだったが、今のフェイトに怒鳴りつけるなんて出来なかった。
脅えているのか、ひどくびくびくしている。
「ごめんなさいっ!」
「は?」
「僕のせいであなたの『フェイト』眠らせてしまったんです、多分」
……『僕のせいで』? 『フェイトを眠らせてしまった』? コイツの言ってる意味がわからない。
「どういうことだ?」
「僕はあなたの知っている『フェイト』の中にいる者です。…早い話が人格が変わった、という感じに近いと思います」
「人格が変わったって……フェイトはどうしたんだよ?」
「眠っているんです。…少しの間だけ眠ってます」
「それで、アイツはいつ戻るんだ?」
「…フェイトはすぐに戻りますよ」
笑いながらそう言うフェイトとは違う笑い方だった。
顔は全く同じなのにまとっている雰囲気が違う。
「少しの間、よろしくお願いします」
ここから俺とフェイトそっくりなアイツとの奇妙な生活が始まった。
「あの…名前、教えてもらえますか?」
「アルベル。…お前は?」
「僕は……フェイトでいいです。駄目ですか?」
「…別にかまわねぇよ」
俺はアイツとどう接していいのかわからない。フェイトとは違うから何もかもが難しくて。
アイツは俺に積極的に話しかけてくる。
面倒だから適当に答える俺に笑いかける。
それなのに、どこか脅えているところもあって。
つかめない性格のヤツだと思った。
「アルベルさん、今日は何か用事とかありますか?」
「別に、無い」
「じゃあ、少し散歩にでも行きませんか?」
「…あぁ」
先をどんどん歩いていくアイツを俺はゆっくりと追う。
こうやって何も目的を持たずに散歩するのが好きらしく、こうやって誘われることも初めてじゃない。
「フェイトも好きでしょう?こうやって歩くの」
突然話しかけてきたフェイト。
そういわれれば確かにそうかもしれない。
「そうかもしれねぇな」
「なんとなく、わかります。僕も一応フェイトですからね」
クスクス笑いながら言う。
フェイトとは違うけれど、どこか仕草が似ていることが時々ある。
「もう今日で一週間になりますね、僕が出てきてから」
「そうだな」
「アルベルさん、フェイトに会いたいですか?」
「まぁな」
「…そう、ですよね。安心してください。僕はもうすぐ消えますから」
アイツの泣きそうになりながらも無理矢理笑おうとしている顔を見た瞬間、体が勝手に動いていた。
「何故……そんな顔をする?」
「何故ですかね…僕にもわからないですけど苦しくて。アルベルさんこそ、どうして抱きしめたりするんですか?」
「……さぁな」
あんな顔を見ていたくなかった。ただ、それだけのこと。
「消えたくねぇんだろ?」
「え」
「フェイトでいたいんだろ?」
「でも、僕は……いえ、僕は消える運命にあるんです。だからいいんです」
俺から離れてそう言う。
消えてしまうとわかっているはずなのにアイツは微笑む。
俺が見ていられない。
フェイトとどこか違って見えていたアイツにさっきからフェイトが重なって見える。
「僕はフェイトのこと大好きですから。ちゃんとフェイトにはフェイトとして存在して欲しいんです」
「お前は、本当にそれでいいのか?」
「はい、かまいません」
たった少しの間だとしても、いっしょにいたヤツがいなくなるのは……痛い、と思った。
「僕は少しの間だけだとしても、この世界に『僕』として存在することが出来た。その事実だけで満足です」
「…そうか。お前が満足なら、それでいい」
「あの、最後に一つだけアルベルさんにしてもらいたいことがあるんですけど…」
小さな声で俺の様子を伺うように見ながら言う。
「何だ?」
「…抱きしめてもらえますか?ぎゅって強く抱きしめて欲しいんです」
「そんなことでいいのか?」
「はい。十分です」
そう言って微笑みながら俺の瞳をまっすぐに見ているアイツ。
俺がアイツのために最後に出来ること。
消え行く運命から逃れられない、フェイトに似ていないようでどこか似ているヤツ。
俺が黙って抱きしめてやると、ファイトは力を抜いて俺に身を任せてきた。
「フェイトはアルベルさんのことすごく愛してますよ。何よりも、誰よりも」
「知ってる」
「何だかんだ言っても結局あなたが好きだということに変わりは無いんですよ」
「わかってる」
アイツはフェイトがどれだけ俺を想っているのかずっと言い続ける。
その間、俺は出来るだけ強く抱きしめ続けていた。
「それと……僕もあなたのこと好きでした」
「……」
「僕があなたといっしょにいたのは、ほんの少しの間だけでしたけどフェイトがあなたのこと好きになるのもわかります」
そう言いながら微笑む。
「お前の気持ちに応えてやることは……出来ない。俺にはフェイトだけからな」
「はい、それでいいんです。僕はフェイトが好きなあなたが好きなんですから」
「それがお前の本音なのか?」
「…そうですよ。言ったじゃないですか。僕はフェイトのことが大好きなんだって」
「そうか…」
始終笑顔を崩さないフェイトが不自然な気がしてしょうがなかった。
「…そろそろみたいです。フェイトが起きますよ」
「そうか」
「少しの間でしたけど、とても充実してました。アルベルさんのおかげです。ありがとうございました」
「礼を言われるようなことは何もしてねぇよ、俺は」
…ただ、いっしょにいたというだけ。
「僕はあなたといっしょにいるだけで楽しかったです」
やはり、コイツはフェイトとは違う。
俺は何か勘違いしていたようだ。
「俺も、お前といっしょにいて……楽しかった」
そう言ってフェイトの額にひとつ軽くキスをする。
驚いたように俺を見るフェイト。
「…え。僕、まだフェイトじゃないですよ」
「知ってる。フェイトはフェイト。お前はお前だからな。」
「どうして…ですか?」
「したくなったからに決まってるじゃねぇか」
口の端を吊り上げて言ってやる。
急に目の前の存在が愛しくなった。だから、キスをした。ただ…それだけのこと。
少しの間、目を点にしていたフェイトはクスクスと笑い始める。
「そうですか……じゃあ、僕もしたいのでします」
言い終えるとほぼ同時に、フェイトはキスをしてきた。
そっと、お互いの口唇同士が触れ合うだけのキス。
口唇が離れるとフェイトはまた綺麗に微笑む。
「お別れのキスです。アルベルさん、短い間でしたけど本当にお世話になりました。……フェイトのこと大切にしてあげてくださいね」
そう言ってから俺を見ていた瞳がゆっくりと閉じられていった。
途端、力を失っていく体。
ぎゅっと抱きしめてやって倒れないようにする。
安らかな顔で寝息をたてているフェイトを見ながら思う。
フェイトが戻ってきたのだ、と。
そして、アイツは消えてしまったのだ、と。
フェイトが大好きで、フェイトが好きな俺を好きだと言ったアイツ。
「てめぇに言われなくても、大切にしてるんだよ」
今はもういない、あの不思議なヤツにそう伝える。
届かないかもしれないが、届くかもしれないから。
「……多分、彼は僕と同じ目線になっていろいろ見てみたかったんだと思う、僕は」
起きると同時に俺を見ながらフェイトは言う。
「何言ってんだよ?」
「アルベルのことだって本当は知っていたはず」
「アイツは俺のこと知らないって言ってたじゃねぇか」
誰ですか、と聞かれてから始まった俺の奇妙な体験を否定するつもりなのかと、フェイトを睨みつけてやる。
フェイトはそんなことなんて気にもせずに立ち上がって俺の方へ歩き出す。
「知ってたよ、彼は。でも、あえて知らないと言った。それは多分ゼロから始めたかったから…じゃないかな」
「何でお前にそんなことがわかるんだよ?」
「なんとなくだよ。彼は僕でもあるんだから」
フェイトは何だかよくわからないことを言う。
でも、これこそフェイトなのだと心のどこかではそう思っていた。
「僕だけど僕じゃない彼は君のことが僕と同じように好きだったんだ。だから少しの間、君と過ごすことを望んだ。ゼロの状態になった僕という名の彼はね」
「……よくわからねぇな」
俺の目の前で立ち止まったフェイトは急に俺に抱きついてくる。
「彼はあれで……。ううん、何でもない。…少し、このままでいて」
「…あれで良かったんだ。お前が苦しむようなことじゃねぇだろ。アイツは、お前のことが好きだからこれでいいんだって言ってたじゃねぇか」
「……でもっ…消える必要なんて、無いっ!」
静かに泣き出したらしいフェイトを抱きしめる。
フェイトは泣き顔を見られるのを嫌がるから、ただ抱きしめるだけ。これが今、フェイトが一番に望んでいることだろうから。
ほら、こんなに俺は大切にしてるぞ。
大体、お前がフェイトを泣かせる原因になってどうするんだよ?
出来ることなら、俺たちは違う形で会えたら良かったなんて思う。
「泣くなよ。俺が泣かせてるみたいじゃねぇか」
「う…うるさいよ。少しくらい、このままだっていいだろ」
それからフェイトが泣き止むまで、俺はずっとフェイトを抱きしめ続けた。
俺はアイツと過ごした日々を忘れないだろう。
――あの、優しくて哀しい日々を。
-end.
後書き
すっごくお待たせしちゃってた携帯サイトでのキリリク。
アルフェイ書くのすごい久しぶりで、なかなか進まなくて大変でした。
書いてる途中で何だかよくわからなくなってしまいました(汗)
2005/ 4/24