未来の約束
気付いた時にはもう僕は君に抱きしめられていた。
そして床に叩きつけられるようにして倒れる。
視界が真っ白になったその後すぐ僕の意識は途絶えた。
イザークと僕の二人である研究所らしきところを歩いていた。
そこは今はもう使われていないところで、『静寂』という言葉でしか表せない、そんなところだった。
何のためにここへ来たのか僕は知らされていなくて、僕はとりあえずイザークについてきているだけ、そんな感じだった。
艦に帰る途中、急に立っていられないくらいの大きな揺れがあった。
どうやら大分老朽化していたらしく、建物が一部……ちょうど僕たちのいたところが崩れてしまったらしい。
――そして、気付いたら僕はイザークに守られるようにして抱きしめられていた。
「……ん。イザ……ク?」
「……」
「イザーク?……ちょっ、イザーク!?」
名前を呼んでも何も反応しないイザーク。
とりあえず現状を把握するためにイザークの腕の中から抜け出す。
イザークは気を失ってしまっているようで、どれだけ呼びかけても肩を揺らしてみても反応しない。
嫌な汗が頬をつたう。
「どうしよ……このままじゃ、イザーク……」
頭の中を絶望的な言葉がよぎる。
「……しっかりしなきゃ。なんとかしてここから出ないと」
今は最悪の結末を考えるより、この状況をなんとかすることを考える。
このままじゃ、いけない。
考えなきゃ、考えなきゃ。イザークを助ける方法を。
いろいろ考えようとするけれど今、目の前にいるイザークの姿を見ると頭が真っ白になってしまう。
焦っちゃ駄目だと思っているのに、焦らすにはいられなくて。
冷静に考えることが出来ない。
「……冷静になんてなれるはずないよ。だってイザークが大変なんだもん」
それからの僕の行動はまるで何も出来ない子供のようだった。
「誰か助けて!お願い、誰かっっ!!」
ただ、叫ぶ。
助けて助けて、と。
出来る限りの大きな声で。
そして、手で目の前にある邪魔な壁らしきものを力いっぱい叩き続ける。
どんなに声がかすれても、どんなに手から血が流れても。
痛いとか、そういうことは感じない。
それは本当に 痛い というのは、こんなことじゃないと僕が知っているから。
せっかく心から愛せる人をみつけられたのに。
せっかく僕を愛してくれる人をみつけられたのに。
――この人は失いたくない。失ってはいけない。
「キ……ラ」
突然、後ろから声が聞こえてきて声のした方向へ振り向く。
振り向いた先には僕の方を見ているイザークがいた。
「手……駄目にな……るぞ」
「……っ!そんなことより、イザークは大丈夫なの!?」
慌てて駆け寄る僕。
イザークは動けないらしく、顔だけをこっちに向けて「大丈夫だ」と途切れ途切れに言う。
……大丈夫なわけないじゃないか。
とてもつらそうで痛々しくて。
そんな姿のイザークを見ていたら自然と涙が溢れてきてしまった。
嫌なことしか思いつかない。
このままじゃ助からない、とか。
僕には何も出来ない、とか。
――置いていかれる、とか。
「僕の手なんてどうなってもいい。だから……だからお願い!誰か、早くイザークを助けてぇ……」
立っていられなくてしゃがみこんでしまう。
視界は歪んでいくばかり。
歪む視界の中には大好きな銀髪と大好きなアイスブルー。
ねぇ、こんなのってないよ。
どうして僕じゃないの?
どうして僕の大切な人は僕を置いていこうとするの?
「助けて」
もう声は嗄れてしまいそうだ。
「助けて」
手は血だらけでなんだか動かしにくい。
頭の中を絶望に覆いつくされて、絶望だけが僕を支配しそうになったその時。
微かにだけれども、声が聞こえた気がした。
「! 誰かいるの……?」
「イザ……ラ……こだ?」
聞き慣れているディアッカの声だった。
そう気付いた瞬間、急に靄だらけだった頭が冴えだす。
それはまるで一筋の光が暗闇を照らし出すかのような。
「ここだよ、ディアッカ!僕たちはここにいるよ!!」
震える足でなんとか立ち上がって、出せる限りの大きな声で叫ぶ。
動かない手を無理矢理動かして。
気付いてもらわなければ、ただその思いだけが体を動かしていた。
――この機会を逃してはいけない。
だんだんとディアッカの声が近付いてきて大きくなっている。
僕に今やれるだけのことをする。
そうすれば最悪の事態は防げるかもしれないから。
……最悪の事態なんて、そんなの僕は御免だから。
ディアッカを呼び続けてしばらく経った。
僕の目の前にあった、僕たちを邪魔していたものが壊されたと同時にディアッカの姿が見えた。
「キラ、大丈夫か!?……っと」
ディアッカの姿を見た瞬間、何故かはよくわからないけど抱きついてしまった。
安心した、というのもあるのかもしれない。
それと、どうしても急いで伝えなければならないこともあった。
「ディアッカ、イザークを助けて!早くしないと、早くしないとっ!!」
「わかってる。今、運ぶからな?だから、少し落ち着けって」
ディアッカは僕を落ち着かせるようにぎゅっと抱きしめてくれていた。
抱きしめられながらぼんやりとイザークが運ばれていくのを見ていた。
――これで、もう大丈夫。
そう思った瞬間、急に足から力が抜けて僕は立っていられなくなった。
「おっと。キラ、だいじょ……おい、お前手から血が出てるぞ!?」
僕の手を見るなりディアッカの声色が変わった。
言われて自分の手を見てみると僕の手は真っ赤になっていた。
感覚があまり無かったし、イザークのことで頭はいっぱいだったから全然わからなかった。
「痛くないから、大丈夫だよ」
「大丈夫なはずないだろ!?お前も医務室行きだ!」
ディアッカにされるがままに横抱きにされ、医務室に連れて行かれる途中で僕に意識は再び途絶えた。
誰かが僕の髪に触れている。
なんだかすごく心地いい。
でも、そろそろ起きないと怒られちゃうから起きよう……。
目が覚めて一番最初に目に入ったのは、僕を見ているアイスブルーだった。
「……キラ。お前、俺に何か言うことがあるだろう?」
「……おはよう」
「……っ。おはよう。他は?」
何故か怒っているような様子のイザーク。
イザークの少し後ろではディアッカが声を押し殺すようにして小刻みに震えながら笑っている。
ぼーっとする頭でとりあえず考えてみる。
「……あ!イザーク、体は大丈夫なの!?」
僕が気を失う前に見たイザークは、白い軍服をところどころ赤に染めた姿だったから。
今、僕の目の前にいるイザークはいつも通り白い軍服をきちっと着こなしている、ジュール隊隊長のイザークだった。
「俺は大丈夫だ。お前は大丈夫なのか?」
「僕?僕は別に……」
言いながら自分の体中を見ている途中で包帯が巻かれているところを発見した。
両手が包帯で覆われていた。
必死だったからわからなかったけれど、結構ひどい状態だったらしい。
「あの時は俺が一番焦ったよ。お前に握られた俺の手もお前の手も血まみれだったんだ。指の骨とか何本か折れてたらしいぞ」
いつの間にか近付いていたディアッカが僕の頭を撫でながら言った。
確かに。そう言われてみれば手が動かせない。
「……どうしてあんな無茶をした?」
静かにそう言うイザーク。
『どうして』
そんなの簡単だよ。考えるまでもない。
「イザークを助けたかったからだよ。イザークは死んではいけない人だもの」
「お前だって傷付いていいはず無いだろう!!いい加減、その自分を犠牲にしようとする考えはやめろと何度言えばわかる!?」
突然怒鳴りだすイザークをディアッカがなだめようとしている。
僕はそんな二人をどこか他人事のように見ていた。
――だってしょうがないじゃない。
「怖かったんだもん。もし、イザークがいなくなってしまったらって考えたら体が勝手に動いてた。失っちゃいけない、失っちゃいけないって」
今、思い出しただけでもぞっとする。
『このままではいけない』と警告し続ける僕の中の何か。
そしてフラッシュバックする。
僕の大切な人が散ってゆく瞬間が。
あんなことを繰り返してはいけないと、僕の中で誰かが言う。
自然と涙が出てくる。
頬をつたう涙を優しく拭ってくれる指。
「すまない。泣かせるつもりは無かった。だが、知ってほしい、俺だって怖いんだ。お前が傷付くのも、お前を失うのも」
イザークの口からゆっくりと発せられる言葉。
「キラ、傷付くことを少しは怖がってくれ」
顔を歪めつつも、まっすぐに僕を見ながらイザークは言った。
誰だって失うことは怖い。
それが自分にとって大切であれば尚更。
……だけど、自分が相手にとっても大切だったら?
自分を犠牲にして相手を助けたとしても、一人残された相手はそんな自分をどう思う?
……イザークに以前僕が味わったものと同じ思いをさせてしまうのかもしれない。
自分を犠牲にして相手を助ける。
それは単なる自己満足なのではないだろうか?
イザークが何よりも大切。
イザークは僕がそう思うのと同様に僕を大切に思ってくれている。
だったら、僕は僕自身も大切にしなければならない。
イザークを悲しませたくない。
「イザークも自分を大切にしてくれるなら、僕も自分を大切にする。今日みたいな思いはもうしたくない」
「……わかった。俺はお前も俺自身も大切にする。これでいいか?」
「うん。約束」
二人の約束。
未来を二人で歩くためのたったひとつの約束。
そして、ひとつの約束が僕たちの未来を開いていく。
-end.
後書き。
やっとアップできました。
何回も何回も書き直していたのでなかなか先に進めなくて時間がかかりました。
最後が決まらなくて最終的にはこんな感じに。どうですかね?微妙度だけは満点です。
いろいろと『これありえない』っていう設定ありますが、そこには目をつぶってやってスルーしていただけると助かります(痛)
あ、日記に反応してくださった方々ありがとうございました。
2005/ 9/10