もしも、まだ僕が何かを望んでいいのだとしたら。

多くは望まない。

――僕を覚えていてほしい。

それだけでいい。十分すぎるくらいだ。
それだけのために残された時間を大切に使っていきたいんだ。

砂時計


「おはよう、キラ」
優しく微笑んでくれるから、僕も微笑む。
そして口を動かす。『おはよう、イザーク』と。
もう随分前に声を出すことは出来なくなってしまったから、息が漏れるだけで音にはならないのだけれど。

いつまで保てるかわからないけど、もうきっと長くないということだけはわかる。
――だからいつまでも貴方の前では笑っていたい。

起きた時と変わらずにベッドに横たわったままだった僕は抱き上げられて、目線を合わせられてから抱きしめられる。
そしてまた「おはよう」と耳元で囁かれる。なんだか嬉しくなって自然と僕は笑っていた。





ベッドから体を起こすことすら一人では出来なくなったのも随分前だった。
最初は自分の思い通りにならない体がもどかしくてたまらなかった。
動かしたいところが動かない。
それなのに意識だけは無駄にしっかりとしていて、どうにかなってしまいそうだった。
『どうして僕なの?』
それしか考えられなかった。
毎日毎日暴れて部屋をぐちゃぐちゃにして、泣き叫んで誰かに迷惑をかけていた。

気付いて欲しかった、ただそれだけなのに僕の周りから少しずつ人が離れていってしまった。
今の状態のキラはもう手に負えない、と。
一人、また一人と去って行く後ろ姿を見ていると、どうすればいいかわからなくなる。

『寂しい』
そこから始まって、
『死にたい』
という結論に辿りつくまでに時間はさほどかからなかった。

砂時計のようにぱらぱらと僕の命の残り時間は少しずつ、けれど確実に落ちていく。
残り時間が落ちる感覚なんてわからないはずなのに、得体の知れない恐怖だけは増大していく。
こんな恐怖を味わうなら……


「もう……死んじゃいたい」


そうぽつりと言った途端、僕は胸倉をつかまれていた。
顔をこれ以上ないってくらいに歪めてイザークは言った。
「ふざけたことを言うな。お前は今生きているのに、それを放棄するなんて俺は許さない」
強い瞳で僕を見ながら、そう言われて僕は謝ることしかできなかった。
「……ごめん、なさい」
「だから、もう死にたいなんて言うな」
「……っ。ごめっ…なさ……」
胸倉をつかんでいた手が離されて、僕の背中にまわされた。
抱きしめてくれる優しい腕に縋りながら泣いた。

こんなに真正面から向き合ってくれる人、久しぶりだった。
僕はただ甘えていただけなんだ。

生きたくたって生きられなかった人。
忘れたわけではなかったけど、自分のことしか考えられなかったから。
僕がその人達の分も生きるというのは難しいから、その人達に恥じないように生きようと思うようになった。


砂時計のように僕の命の終わりは見えているのかもしれない。
終わりの未来はもう間近なのかもしれない。

それと同時に。
砂時計のように、逆さにしたときに僕の人生がそのまま残るとしたら。
悔いの無い人生にしたい。誰かに誇れるような人生にしたい。

壊れかけていた僕を救ってくれたイザークに何か残したい。

イザークにとっては砂時計の砂のように儚いものかもしれない。
単なる僕のわがままかもしれない。
それでも、何か残したいんだ。……覚えていて欲しいんだ。


何か、たったひとつでもいい。僕を覚えていて?
貴方に僕という存在を覚えていて欲しい。きっとそれが僕の最後の願いごと。



to be continued...



後書き。
また始めてしまいました。イザキラで連載もどきです。
死に行くキラと残されるイザーク。二人の願いと苦悩と、そしていつか来るお別れ。
そんな感じで進んでいく予定です。
あ。もしかしたらお題ページにいつの間にか移動してるかもしれません。




2006/ 3/16