朝、起きる時。
夜、眠る時。
必ず感じるモノがある。
それが今日の朝は感じられなかった。
いつもだったら『それ』を感じながらゆっくりと覚醒していく僕。
その後、『おはよう、キラ』って優しく言ってくれる君の笑顔が見れるはずなのに。
…そういえば最近いつもこんな感じだった。
夢の中にはいるのに、目が覚めると彼はどこにもいない。
――やっぱり寂しいよ、アスラン…。
アスランはカガリとプラントに行っている。
本当は僕も行くつもりだったけど、急に体の調子が悪くなってしまった。
でも、調子が悪いというのを黙っていてついていこうとしたらアスランに止められてしまい行けなくなってしまった。
「顔色が悪い」と一言だけ言って僕を止めたアスラン。
結局、僕はアスランとカガリと一緒にはプラントに行けずに留守番している。
でもアスランに気付かれた時、気付かれて困る自分と、気付いてもらえて嬉しい自分がいた。
一緒に行けないのは困るけど、誰も気付かなかったことにアスランが気付いてくれたことがすごく嬉しかった。
こんな些細なことでもアスランが関わっていると嬉しくてしょうがない。
「僕って、本っ当にアスランのこと大好きだなぁ…」
それは、つい口に出てしまうほど。
だから、本当はいつだって一緒にいたい。
アスランのそばにいたい。
…でもそれは僕のワガママだから。
アスランには仕事がある。僕とは違うんだ。
僕はまだ体調が万全というわけではなくて、よく体調を崩す。それでも、終戦直後よりは良くなっていると思う。
あの頃はベッドから起き上がることすら出来なかったから。
……たくさん、迷惑をかけた。
ラクスにもカガリにもアスランにも。
「キラ?」
急に後ろから名前を呼ばれて振り返ると、そこにはラクスがいた。
「まだ調子が悪いのですか?」
「ううん。もう大丈夫だよ」
不安そうに僕を見てくるラクスに笑顔で答える。
「…キラは嘘が下手ですわね」
そう言ってラクスは僕の額に手を当てる。
「……やっぱり。キラ、熱がありますわ。お気付きになりませんでした?」
「え。…うん。ちょっとぼーっとしてる程度だし」
「あら。顔が赤いから気付いてないのはキラだけですわね、きっと」
クスクス笑いながら僕に言う。
彼女は優しい。僕のことをいつも気にしてくれている。
きっと今回もアスランに頼まれてここにいてくれているのだろう。
アスランがプラントに行ってしまってから、毎日ラクスは僕の様子を見に来てくれている。
彼女が来てくれていなかったら、今頃もっと調子が悪くなっていたかもしれない。
「ラクス、ごめんね」
「何が、ですか?」
「なんかさ、迷惑かけちゃってて……本当ごめん」
普段から思っていたことを言っただけなのに、彼女は一瞬驚いたような顔をした。
でも、すぐにまた笑顔に戻った。
「謝ることなんて何もありませんわ、キラ」
「え。どうして?」
「だって私はキラと一緒にいるだけでいいんですもの。普段はアスランが邪魔してきますから、こんなにふたりで一緒にいられることなんてなかなか無いでしょう?」
「そういえば…そうだね。こんなにラクスとふたりだけでいるのってなかなか無いよね」
「そうでしょう?だからキラが謝ることなんて何も無いんですわ」
ふたりで笑いあう。
こんな風に穏やかな日は好き。
でも、やっぱり『何か』が足りなくて。その『何か』が何なのか僕はわかっている。
きっと、君だよ。
だから早く戻ってきて、アスラン。
「キラ。本当はまだお話していたいんですけれど、もう眠ったほうがいいかもしれませんわね。熱が上がってしまったら大変ですもの」
「うん、わかった。…あ、でも僕さっき起きたばかり眠くないんだけど…」
「そうですか…では子守唄でも歌いましょうか」
思ってもみなかった返事で少し驚いたけど、ラクスらしいなぁと思う。
そういえば最近、ラクスの歌を聴いていない気がする。
歌ってくれるというのを断る理由も無い。
「じゃあ、歌ってもらおうかな。僕、ラクスの歌好きだから」
「まぁ!嬉しいですわ、キラにそう言っていただけると」
満面の笑顔でラクスは言う。
「では、キラの為だけに歌いますわ」
ラクスの歌声はとても綺麗で、寂しい気持ちが弱くなったような気にすらなる。
何もかも包み込んでくれる優しい歌。
僕は歌にあまり詳しくはないけれど、ラクスの歌はすごいと思う。
癒す力があると思うんだ、彼女の歌には。
「すごく素敵な歌をありがとう」
「喜んでいただけて光栄ですわ。……そういえばキラは今日が何の日だかご存知ですか?」
「今日?…うーん、何だろう。誰かの誕生日、とかかな?」
急に何の日と聞かれたけれど、思い当たることは何も無かった。
大体、最近不規則な生活をしていた為、今日が何月何日なのかということすら曖昧だった。
何の日なのか一生懸命考えている僕をしばらく見ていただけだったラクスが急にクスクスと笑い出した。
「え!?な、何かおかしいことでもある?」
「だってキラったらぶつぶつ言いながら百面相してるんですもの。…可愛らしくて、つい」
「僕、百面相なんてしてた?しかもぶつぶつ言いながらって……うわー恥ずかしい」
今、自分でそう言った途端、急に恥ずかしくなってきた。
恥ずかしさで顔なんか真っ赤になっている気がする。
「…今日はきっとキラにとって良い日になると思いますわ」
「え…僕にとって良い日?どうして?」
「秘密です。…もうそろそろなはずですから楽しみにしててくださいな」
そう言うとラクスは部屋から出て行ってしまった。
慌てて僕は彼女を追いかけると、彼女は玄関に向かっていた。
「ラクス、帰るの?」
そう問いかけると彼女は振り返り微笑む。
「えぇ。今日はもう帰ります」
「そっか…。今日も来てくれてありがとう」
「そんな顔をなさらないで?せっかくの可愛らしい顔が台無しですもの」
僕の頬を撫でながらラクスは言う。
きっと僕は今ひどい顔をしている。
――ズルイ、と思う。
縋るなんて子供みたいじゃないか。
そんなことわかっているのにやってしまう自分は……ズルイ。
「ごめん。今日はいつもより帰るのが早いから、少し…ね。気にしないで?僕は大丈夫だから」
「今日は早く帰る理由があります。きっと私が早く帰ったほうが貴方にとっていいと思ったからなんですのよ、キラ」
「? …どうして?」
「秘密です」
人差し指を唇に当てて微笑むラクス。
ラクスはさっきも秘密と言っていた。
僕にとって良い日になるとか、
もうそろそろなはずとか、
ラクスが早く帰るのは僕のためとか。
――なんだかよくわからない。
「ねぇ、ラクス。さっきも言ってたけど「あら。もうタイムリミットのようですわね。キラ、また明日会いましょうね…キラにとって今日が良い日になりますように。私が言わなくても大丈夫そうですけどね」
そう言いながらラクスは僕の手を優しく包み込んでくれた。
そんな彼女の行動に少し照れながらも「ありがとう」とお礼を言う。
すると彼女は「どういたしまして」と笑顔で言い、ドアを開けて出て行った。
彼女が出て行ってしまってから僕は特にすることも無く、ベッドの上で横になってゴロゴロとしていた。眠気が襲ってくることは無くて眠れないし、だからと言って何かをする気も起きない。
しばらくそのままの状態でいたけど玄関の方で物音がして、僕は驚いてベッドから起き上がる。
ラクスかな……忘れ物、とか?
そう思って僕は部屋から出て玄関へ向かった。
玄関へ向かった僕は自分の目を疑った。
――だって、ここにいるはずない。君はプラントにいるはずでしょ?
濃紺の髪に綺麗な翡翠の瞳。
「ただいま、キラ」
僕の大好きな笑顔と大好きな声。
「…え。何で…?」
「今日帰ってくるって言ってただろ?」
「あ。…あれ、そうか」
日にち感覚が無くなっていたから、今日はアスランが帰ってくる日だと言うことすらわからなかった。
「ごめ…ごめんね、アスラン」
「もう…。泣くなって、キラ。俺は怒ってなんかいないから」
泣くつもりなんて無かったのに涙は止まらなくて。
…だって君が急に帰ってくるから。
「キラ、泣かないでくれ。キラに泣かれると俺、ツライ」
そう言って僕を抱きしめてくれる君。
――あぁ、これだ。
いつも足りない、と感じていたモノ。
そう、君の体温だよ。
「僕、駄目なヤツなんだ」
「…どうして?」
「アスランがいないとちゃんと生きていけないんだ」
「!」
「眠ることですら苦痛になる。夢では君に会えるのに、目を覚ますと君はいない。それが苦しくて…。こんなに弱いなんて思ってなかった」
少し痛いけど、君を感じられるこの痛みはずっと感じていたいと思う。
「俺も。キラがいないと生きていけない。出来ることならこうやっていつまでもキラを抱きしめていたい。……一緒にいたい」
少し目線を上げると僕を優しく見てくれる君の翡翠と目が合う。
自然と口元が緩んでいく。
「一緒にいようよ。…たとえそれが少しの間だとしても」
きっと戦争はまた始まってしまう。
僕たちが終わらせたはずの戦争。少しの間の安息…だったのかな。
そして、君はきっとここから旅立ってしまうんだろう。
――だから、今だけは。
「こうやって抱きしめあっていようよ。ね?」
「…あぁ。そうだな」
本当はいつまでもずーっとこうやって君の体温を感じていたい。
だけど、それはきっとワガママ。
もし僕が「ずっと一緒にいたい」って言ったら君は笑って「うん」って頷いてくれるんだろうね。
でも、僕はそんなの嫌だから。
「ねぇ、アスラン」
「んー?」
「君は君のやりたいようにやりなよ」
困ったように笑うアスランを見て僕も笑う。
「プラントへ行くんでしょ?」
「…どうしてそう思うんだ?」
「なんとなく、だよ。君ならそうするんじゃないかって思っただけ」
「……そうか」
「うん」
急に静かになる部屋。
僕は黙って君に強く抱きつく。
そして、心臓の音を聞きながら目を閉じる。
「僕は、アスランがずーっと大好きだからね」
言ったからといって何か変わるとは思えないけれど、ちゃんと伝えておきたかったから。
――離れていても気持ちはずっと一緒だって思っていたいから。
「俺はキラのこと何よりも好きで、何よりも大事だから」
「うん。わかってる」
「じゃあ、キスして?」
「…え。『じゃあ』って!?何それ、どういうこと!?」
アスランが急に変なこと言い出すから僕はアスランから反射的に離れる。
アスランはクスクスと笑って僕の方を見ていた。
「や…やだよ。僕からなんて
恥ずかしいじゃないか」
「かーわいいなぁ、キラは。じゃあ、俺からしてあげる」
急に腕を引っ張られてキスされた。触れるだけのキスですぐに離れるお互いの口唇。
「…っ。突然キスするなんて……」
「何?ズルイ?」
「ズルイ……けど嫌じゃない。だから」
「だから?」
この先はいつもだったら絶対言わない。悔しいから。
でも今日は…今日だけは言うんだ。
――だって、今だけは君をもっと感じていたいから。
「もう1回キスして?」
それくらい望んだっていいでしょう?
あと少しだけ、君の体温を感じていたいんだ。
-end.
後書き。
結構長くなったなぁ…。バイト中少しずつ考えていました。
一応この後、アスランはプラントへ行ってしまうという設定です。
アスラン、早くキラの元へ帰っておいで!
2005/ 3/12