小さなことでもいいから、とりあえず始めてみよう。
もしかしたら、それが大きな何かを生み出す始めの一歩かもしれない。





[side-A]


「キラ、本当に大丈夫なのか?」
「え、どうして?」
「顔色が悪いんだよ」
「そうかな?ね、どう思うレイくん?」
「少し、青白いような気はします。本当に大丈夫なんですか?」
「気のせい気のせい。みんな気にし過ぎなんだよ」
そうキラは言うが、レイが言うようにキラの顔色は青白い。
キラの『大丈夫』は大抵大丈夫じゃない。
でもキラは行ったら聞かない頑固な奴だから、俺が何を言ってもきっと大丈夫って言って自分からは休んだりしないだろう。
この頑固さは本当に厄介だと思う。
いくら体調が悪くても倒れるまで大丈夫だと言い続けるし、倒れたとしても少しでも体調が良くなるとベッドから抜け出てしまう。
キラらしいといえば聞こえはいいが、必死に探し回るこっちの身にもなってほしいものだ。

キラの頑固さに頭を悩ませながら歩いていたら、こっちに歩いてくるシンをみつけた。
「シン」
「アスランさん」
そういえばシンにキラを紹介していなかった。
二人とも名前は知っていても会うのは初めてかもしれない。
「シン、まだ紹介してなかったよな……キラ!?」
シンにキラを紹介しようと思ってキラのほうを向いたら、キラはしゃがみこんでいた。
どうしたのかと思い、顔を覗き込んでみると異常だと言える青白さだった。
「キラ!どうしたんだ?」
「ご、ごめ……何でもないか、ら」
「何でもないはず無いだろう!キラ……キラ!くそっ」
しゃがみこんだまま動かなくなってしまったキラを抱き上げる。
そこで気付く。ちょっと見た感じではわからなかったが、キラのぐったりとした体は異様な軽さだった。

――また俺は気付いてやれなかったのか。

全然大丈夫じゃない。
キラはこういうことだけは必要以上に隠したがる。
俺たちが気にするから、心配かけるわけにはいかないから、と。
……心配かけてくれたっていいのに。
誰も迷惑だなんて思っていないのに。
悪い方に思い込みが激しいのはちょっと困る。

いろいろ文句を言ってやりたいが、言いたい対象が意識を失ってしまったのでとりあえず医務室へ向かう。





キラを医務室のベッドへ寝かせて一息つく。
医者の話によれば、いつからかはわからないがどうやらキラは食べたものをほとんど嘔吐してしまっていたらしい。
周りには元気に振る舞っていたけれど、実際のところキラは体も心もあまり良い状態ではなかった。
心の傷が体の状態も悪くしていたようだ。

2年前にも同じことがあった。というか同じようなことをしている時期があった。
月日が経つにつれて少しずつ回復していったが、またフリーダムに乗り始めてから治りかけていた傷が開いてしまったようだ。

自分たちが必死になって終わらせたはずの戦争がまた始まってしまい、キラは再び戦う道を選んだ。
自ら選んだ道とはいえ、つらいことには変わりは無かったのだろう。
2年前より強くなったのは確かなことなんだと思う。
でもやはり根本的なものというのはそう簡単に変われるはずがない。
少しずつキラの何かが奪われていく日々。
食もだんだん細くなってしまった為、日々細くなっていくキラを心配したラクスはキラが必ず誰かと食事と取るようにした。
その誰かは俺、ラクス、カガリ、ミリアリアやキラが心を許せる人だったら誰でもよかった。
少しでもキラに癒しのようなものを与えられたら……そう思う者はたくさんいて、キラが一人で食事を取ることは一度もなかったはず。
キラは心配を掛けたくなくて一緒に食べてはいるけれど、隠れて嘔吐していたんだろう。

「……やるせない、よな」
思わず口にしてしまった。
「そうですね」
返事が返ってくるとは思っていなかったから驚いた。
……そういえばレイも一緒に医務室に入ってきていたんだった。
考え事をしてしまっていたために、すっかりそのことを忘れてしまっていた。
「俺、報告をしてきます。きっと皆さん心配しているでしょうし」
「そ、そうだな。すまない、慌てていて気が回らなくなってた」
「いえ、当然のことだと思います。俺も驚きましたから」
そう言ってレイは医務室を出て行ってしまった。
そんな例の後ろ姿を見ながら、俺も落ち着かなくてはと思わずにはいられなかった。

あれやこれやと考えていたらキラが目覚めた。
「キラ、大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
大丈夫と言いながらも、相変わらず全然大丈夫ではない顔色だった。
休ませてやったほうがいいのだろうけれど、この問題を放っておくことなんて無理だ。
どう逃げられても、なんとかして追求しなければならない。
「……キラ。お前、いつからだ?」
「え、何が?」
「いつから食べれなくなっていたんだ?」
俺が言った途端、キラの表情が一瞬凍りついたように見えた。
俺はそれを見逃さなかった。ここで見逃すわけにはいかない。
「……何のこと」
「さっき医務室に運ぶ時、お前があまりにも軽過ぎて驚いた」
「……そっか、バレちゃったんだ。ずっと……ずっと隠し通せると思ってたんだけどなぁ」
案の定、隠し通そうとしていたようだ。
すぐに知り合ったものならまだしも、俺たちの付き合いは長い。
そうは言いながらも、気付けないことは未だに多々ある。
だが、今回は少し遅くなってしまったけれども気付けた。
だからこそ、ここで逃がす訳にはいかない。
「甘いんだよ、お前は」
「アスランは勘が良過ぎるんだよ」

「……ちゃんと休息をとって、少しずつでいいから治していこうな」
「うん、わかってる」

俺たちが協力できることなんて些細なことしかないけれど、一緒に治していくんだ。
キラ一人で療養なんてきっと不可能だろうから。
なんだかんだと理由をつけて無理をしてしまうだろう。
今までの経験から言わせてもらうならば、それは絶対だ。
キラの好きにさせてやりたいが、それはひとまず後回しということにしておく。
元気になれば、いくらだって好きなように出来る。
ゆっくりと少しずつでも確実に治していければ、そんな未来は遠くないはずだ。




「ねぇ、シンくんを呼んでもらえるかな?驚かせちゃっただろうし」
「少しの間だけだからな。お前にはきちんと休んでもらわなければならないんだからな」
「はいはい、わかってるって。挨拶出来なかったからちゃんとしたいだけ」

ずっと医務室の外で気配を感じていた。なのに入ってくる様子は無い。
落ち着かないからか、ドアの前でうろうろしているんだろう、多分。

キラにも頼まれたし、どうにも気になってしょうがないのでシンを呼びに行った。


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